小型炭酸ガスレーザーメス・マイクロデブリッダーシステム


はじめに

 

今回は、開業翌年の1993年に導入した小型炭酸ガスレーザーメスと、その使用経験から必要性を痛感し、専用機発売前から使用したマイクロデブリッダー(シェーバー)システムについて記載した。

 

小型炭酸ガスレーザーメス

 

開業後間もなく、関西医科大学耳鼻咽喉科から、アレルギー性鼻炎に対する炭酸ガスレーザーメスを用いた外来での鼻内手術が報告された。

私が、弘前大学病院、青森県立中央病院勤務時の頭頚部外科手術に使用したレーザーメスは、炭酸ガスレーザー(組織への浸透度0.5㎜)、接触型Nd-YAGレーザー(同6㎜)、KTP/532レーザー(同2㎜)で、炭酸ガスレーザーは、操作性や止血操作は後2機に比し若干劣るものの、無床診療所における鼻内手術に有用と推測した。

医療機器メーカーからカタログを取り寄せてデモ機を借用し、肉片を使って使用テスト等を繰り返した後、㈱日本赤外線工業社製、最大出力15ワットの小型炭酸ガスレーザー手術装置NIIC15と通常ハンドピース、パイプ型ハンドピースを購入した。

同機器は、小型軽量に設計されたシールドオフタイプの炭酸ガスレーザー手術装置で、専用の小型トランクに収納して手軽に持ち運びも可能、価格も大型装置の1/3前後であった。

私の診療所が同社の耳鼻咽喉科初納入施設で、全国学会の医療機器展示会場では、提供した手術写真(図1a手術前、2b手術中、2c手術3週後)が展示された。図は、9歳男児のダニによる通年性のアレルギー性鼻炎手術例で、手術前に訴えていた鼻閉塞、くしゃみは消失し、鼻汁も軽快した。

当時、無床診療所における内視鏡下鼻内レーザー手術の報告は少なかった時代で、安全性には特に留意し、患者の急激な体動による誤照射の危険を回避しようと、体位は仰臥位(図2a)とした。

1990年代に、耳鼻咽喉科における内視鏡下外来鼻内レーザー手術は急速に普及し、多くは座位にて施行されていたが、私は、勤務医時代に慣れた仰臥位手術を継続した。

図2b、cは、慢性副鼻腔炎手術後の鼻粘膜癒着に対するレーザー照射時の手術所見で、小さな鼻茸や鼻粘膜癒着等、入院手術後の経過観察症例に対する術後処置に有用であった。図2dは、肥厚性鼻炎の肥厚した左下鼻甲介、2eはレーザー照射、2fは術後2カ月目の鼻内所見で、鼻閉塞、嗅覚障害は消失し、鼻漏も軽快した。

図2gは、術後性右側上顎のう胞・術前MRI所見、2hは、下鼻道側壁に認めたのう胞壁の膨隆、2iはレーザー照射により粘膿液の漏出を認めた所見である。
 なお、最も多く使用したのは鼻出血の止血処置で、電気メス焼灼より疼痛少なく、運動部の高校生などがよく受診された。

私達が耳鼻咽喉科医となった当時の鼻茸手術は、局所麻酔下にシュリンゲ(nasal snare)という金属製の輪をポリープの茎部に入れて絞り込み、前方に牽引して基底部粘膜と共に除去する方法であったが、レーザーメスの出血や疼痛が少ないという特徴を生かして、大きな鼻茸に対する手術を施行した
 しかし、炭酸ガスレーザーメスの組織への深達度は浅く、当初期待した大きな鼻茸の手術は困難で、照射単独での鼻茸手術に限界を感じていた。

1994年7月の第43回東北連合地方部会にビデオ演題として出題した際、周辺機器の開発を期待していると発表して、座長の池田勝久東北大学助教授(現順天堂大学教授)から、例えばどのような機器を考えているのかとの質問を受けたこともある。

医療機器会社に、泌尿器科、産婦人科領域等の機器を紹介してもらったが、適当な機器は見つからず、特別注文の長いパイプ型ハンドピース先端と鼻用鉗子とを組み合わせたり、鼻用硬性内視鏡とファイバースコープ用生検鉗子とを組み合わせたり(図3abc)、いろいろと工夫を加えながら鼻茸手術を行っていた。図3 F:ファイバースコープ用生検鉗子 P:ポリープ  H.P.:ハンドピース先端

 

マイクロデブリッダーシステム

 

1994年に、Setliff1)の報告したマイクロデブリッダーシステム(以下M.D.システムと略称)、は、整形外科領域で内視鏡下関節手術用に開発されたシェーバーシステムを副鼻腔手術用に小型化したもので、弘前大学病院耳鼻咽喉科が本邦で最初に臨床応用し、199411月の第76回青森県地方部会で、シェーバーシステム(クワドラカットACL)による鼻内視鏡手術と題して、当時の宇佐美真一助教授(現信州大学名誉教授)がビデオ演題として報告した。

19952月から、当院においても、医療機器会社からストライカー社製シェーバーシステム・デモ機を借用し、レーザーメスを併用して大きな鼻茸の手術を開始した。

耳鼻咽喉科専用M.D.システムが輸入販売されると、個人診療所の予算請求手続き不要の身軽さもあって、本邦最初の納入施設となり、大きな鼻茸も安全・容易に手術可能となった。

図4aは、57歳男性の左鼻腔に認めた大きな鼻茸、4bM.D.システム手術、4cはレーザー照射、4d2カ月後の鼻内所見で、上顎洞自然孔は広く開大し、鼻茸の再発は無い。4eは手術前、4fは術後2カ月のX線所見で、上顎洞の陰影は消失している。

M.D.システムによる手術では組織が細片となってカッターバー内に吸引されるため、組織検査は出来ないと記載した論文もあったが、私は、小さな吸引瓶を介して吸引した組織片を市販のメッシュを用いて回収し、生理食塩液で洗浄・固定後に組織検査を依頼した。

ほとんどは通常の鼻茸組織と診断されたが、中に真菌症を合併した例があった。図5aは症例の術前内視鏡所見、5bM.D.システムによる手術所見、5cは炎症を伴った鼻茸の病理組織所見、5dはカンジダ菌塊の病理組織所見で、副鼻腔真菌症と診断された。同症例は、レーザーとマイクロデブリッダーシステムによる鼻茸手術と題して、1997耳鼻咽喉科・頭頚部外科目で見る耳鼻咽喉科欄に掲載した2)また、池田勝久助教授他3名編集、2002年文光堂発行 耳鼻咽喉科診療プラクティス10耳鼻咽喉科・頭頸部外科のレーザー治療、ワンポイントアドバイス欄に鼻ポリープに対する治療3)と題して掲載した 

1980年代後半から1990年代前半は、慢性副鼻腔炎の標準的手術法であったCalldwell-Luc法から内視鏡的副鼻腔手術(Endoscopic Sinus Surgery,ESS4)に急速に切り替わった時期で、私も、当時、国立弘前病院に非常勤医師として週1回半日勤務し、医長の渡辺貴和子先生、弘前大学耳鼻咽喉科から派遣された研修医の先生方と一緒に、整形外科手術用として既に導入済であったシェーバーシステムを使用して内視鏡的副鼻腔手術を開始した。

図6abcは、鼻硬性内視鏡を使用した鼻中隔湾曲症の矯正術、図6de、fは、脳外科の先生が施行した下垂体腺腫ハーディ手術の耳鼻咽喉科医が担当した蝶形骨洞開洞所見で、大学病院勤務時のハーディ手術は手術用顕微鏡下に施行していた。図6gは、M.D. システムを使用して鼻茸手術所見で、鼻茸切除後、その奥に結石が認められ(図6h)、鼻茸に合併した鼻石症と診断された。国立弘前病院おいてビデオ録画した映像は、2004年から2018年まで14年間担当した、弘前市医師会看護専門学校看護学科の講義材料として、講義内容の充実にも寄与した。

M.D. システムは、当初、ハンドピースに装着するストレートタイプのカッターバーだけであったが、その後、図7iのような湾曲した先端形状など、バリエーションも豊富となり、ESSに広く使用されるようになった。

図7

 

 考 察

 

1985発行 近畿大学理工学部 久保宇市教授著 医用レーザー入門5)によれば、世界で最初の炭酸ガスレーザーメス実用機は、1974年にイスラエルでつくられたシャープラン791(出力50W、レーザーインダストリー社製)とされている。

1975年には、日本初の医療用炭酸ガスレーザーメス・メディレーザーSの実用機プロト・タイプが完成したことが、1989年発行 科学技術ジャーナリスト 中野不二男 著 レーザーメス・神の指先6)に、その開発経過とともに記載されている。

医用レーザー入門には、㈱日本赤外線工業が開発したポータブルCO2レーザーメス(レーザリー10Z、出力10W)が、1985年当時では世界で最も小型のレーザーメス装置との記載があり、日本赤外線工業(現エムエムアンドニーク)は、医用小型CO2レーザー開発で1990年第14回レーザー学会の進歩賞を受賞している。

小型レーザーメス装置開発の原点については、1981年に、形成外科医 ナロン・ニムサクン10)が、㈱日本赤外線工業と共同で、形成外科での使用を目的としたポータブル多関節型CO2レーザーを開発したが、コストが高価なため製品化されなかったと記載している。

三橋重信久留米大学耳鼻咽喉科助教授は1972年から1974年までボストン大学ストロング教授、ヤーコー教授の指導による炭酸ガスレーザーについての基礎的・臨床的研究を行って帰国し、研究成果を1975年に、炭酸ガスレーザー外科(耳鼻咽喉科領域における炭酸ガスレーザーの臨床的応用)7)1976年に、炭酸ガスレーザー照射による組織変化8)1977年に、炭酸ガスレーザー照射による組織表面構造の変化―走査電子顕微鏡による観察―9)の論文として日本耳鼻咽喉科学会誌に連載した。

日本耳鼻咽喉科学会創立90周年記念「日本耳鼻咽喉科史」を参照すると、三橋助教授は、1981年に「炭酸ガスレーザーの軟部組織に与える作用」と題する学術映画に対し世界耳鼻咽喉科学会議映画祭金賞を授与されたと記載してある。

1978年訪米頭頚部外科視察団の団長は、久留米大学耳鼻咽喉科平野実教授で、視察団の1員として参加した私も、ボストン大学ストロング教授の炭酸ガスレーザーメスによる喉頭手術の実際を見学した。    

私が小型炭酸ガスレーザー手術装置NIIC15を購入するきっかけとなった関西医科大学耳鼻咽喉科学講座のweb siteを検索すると、同講座は、鼻アレルギー領域では日本で先駆けとなるレーザー治療を開発し、選択的後鼻神経粘膜下下鼻甲介骨合併切除術など本邦におけるアレルギー性鼻炎手術の中核施設の一つと記載されている。

前述、「レーザーメス・神の指先」6)には、中央鉄道病院脳神経外科滝澤利明医長、㈱持田製薬持田信夫社長、㈱日本科学工業藤井照夫社長他の、メディレーザーS開発経過が時系列にて詳細に記載され、見開きに、レーザーメスとは、高いエネルギー密度と優れた直進性を持つレーザー光線により、生体の組織を切離、凝固止血、気化する手術装置である。出血との戦いといわれていた脳腫瘍手術で、摘出困難だった腫瘍でも部分切除が亜全摘に、亜全摘が限界だったものは全摘にと、無血的手術によるブレイク・スル―の道を拓いたと記載され、同書は、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。

M.D.システムを使用した内視鏡下鼻内手術については、1998年に樋口ら11)12)が、シェーバーを使用した内視鏡下鼻内手術を通常器具使用手術と比較検討し、術中出血量、手術時合併症発生率のいずれもシェーバー手術群が少なかったと記載している。また、シェーバーの使用は1990年代初期に米国で始まり、その安全性と有用性から、欧米では、Powered Endoscopic Sinus SurgeryPESS)と呼ばれて普及している。わが国では、1995年に、代表的なシェーバーシステム(ハマー)が登場したものの、日米の鼻副鼻腔形態、手術範囲の相違で、骨は削れず、吸引がすぐに詰まるなどの欠点があり、その使用は鼻茸切除などの限局的なものにとどまっていたが、その後、改良されたハイパワーのシェーバーシステムが登場して、PESSも、ようやく注目、発展しつつあると記載している。

また、M.D.システムは、当初、ハマー、クワドラカット、SE 5以上ストライカー社、米国)、ペースセッター、EP-1(以上スミス&ネフュー社、英国)を使用し、1997年代後半からは、新しいM.D.システムのハマー2(ストライカー社、米国)、XPS(ゼオメット社、米国)を使用している。

2010年に13)は、M.D.システムについて、近年、先端形状のバリエーションが豊富になり、その適応は、鼻副鼻腔炎のみならず、良性腫瘍の切除、鼻副鼻腔嚢胞の開放、下鼻甲介手術、あるいは鼻涙管閉塞に対する涙嚢壁の開放など、さまざまな疾患に広がっているとし、副鼻腔炎に対するPESSにおいて必要不可欠の支援機器であるとしている。

2018年には、識名14)が、ESSでは、近年、好酸球性副鼻腔炎の症例が多くを占めるようになり、手術が容易な非好酸球性副鼻腔炎の症例は減少し、好酸球性副鼻腔炎再手術例が増加しているとし、M.D.システムは、血液を吸引しながら軟部組織の切除を行うため、出血の多い好酸球性副鼻腔炎の手術には必須の手術支援機器であるとし、2017年に発売となった㈱オリンパス製DIEGO ELITEと内視鏡洗浄シースを導入して、手術継続が容易になったと記している。

 

おわりに

 

私の病院勤務時使用経験を基に、無床診療所の内視鏡下鼻内手術に有用と推測し、小型化された炭酸ガスレーザー手術装置を導入して使用した経験から、大きな鼻茸の手術用に、機器開発前から必要性を構想したマイクロデブリッダーシステムは、専用機器発売後、多くの工夫改良が重ねられて、鼻副鼻腔手術を実施する病医院の大半が保有する医療機器となり、当初の想定を超えた多くの鼻副鼻腔疾患手術に応用されている。

無床診療所の実地臨床医にとって、入院を必要としたり、大病院受診を必要としたりしていた患者さんが、新医療機器の導入や工夫により、自院で治療出来るようになることは、大きな喜びで、診療を続ける励みにもなった。

 

参考文献

 

1)   Setliff RC, Persons DS : The “Hummer” : New instrumentation for functional endoscopic sinus surgery. Am J Rhinology 8 : 275-278 1994.

2)   齋藤久樹、渡辺貴和子、他:レーザーとマイクロデブリッダーシステムによる鼻茸手術.耳喉頭頚 69(11) 746-747 1997

3)   耳鼻咽喉科診療プラクティス10.耳鼻咽喉科・頭頸部外科のレーザー治療:池田勝久、加我君孝、岸本誠治、久保武 編 ㈱文光堂 2002

4)   内視鏡的副鼻腔手術:大西俊郎、小澤 仁、笠原行喜、深見雅也、森山 寛、山下公一 他 著 ㈱メディカルビュー社 1995

5)   久保宇市 著 ㈱オーム社 医用レーザー入門 1985

6)   中野不二男 著 ㈱新潮社 レーザーメス・神の指先 1989

7)   三橋重信:炭酸ガスレーザー外科(耳鼻咽喉科領域における炭酸ガスレーザーの臨床的応用)日耳鼻78(12)1344-1348 1975

8)   三橋重信:炭酸ガスレーザー照射による組織変化.日耳鼻79(11)1341-1346 1976

9)   三橋重信:炭酸ガスレーザー照射による組織表面構造の変化―走査電子顕微鏡による観察―日耳鼻80(12)1483-1487 1977

10)      ナロン・ニムサクン:特集・レーザー医学〈高出力レーザーの応用と限界〉①CO2レーザーメス.BME vol.1(7) 503-507 1987

11)      樋口彰宏、新井基洋、他:新マイクロデブリッダーシステム、ハマー2およびXPSの有用性.耳展 41(3)265-270 1998

12)      樋口彰宏、新井基洋、他:シェーバーを使用した内視鏡下鼻内手術.耳展 41(4)381-387 1998

13)      鴻 信義:マイクロデブリッダーシステム.JOHNS 26(6)869-872 2010

 

14)      識名 崇:ESSの基本:つまらないシェーバーの使い方.日耳鼻 121 506 2018