喉頭マイクロサージャリー・処置用ファイバースコープ・音声外科

  

 はじめに

 

 2019年 5月で城東二丁目の診療所テナント契約を終了し、4月末に城東三丁目の自己保有家屋に医療機器を移転して診療を継続した。移転地は少し奥まった住宅地にあるので、スタッフには、患者さんに来院してもらえるかと心配されたが、2,3カ月後になんとか軌道に乗り、医学雑誌、新聞、テレビ、NET等から収録した医療情報呈示・DVD供覧など、移転前よりも丁寧な診療を心がけていた。

 しかし、2020年に入ってのコロナ禍対策など診療環境が急変し、回復まで少なくとも2年以上と推測され、移転後丸1年、廃棄予定であった医療機器を十分に活用出来たとの満足感もあり、予定を短縮して2020年6月休院、9月に閉院した。コロナ禍契機に、心身の衰えが比較的軽微なうちにリタイア生活に入れたことを前向きに考え、家庭菜園の手入れ、残務、蔵書整理、浅い理解のパソコン、タブレット、スマホその他電子機器操作習得等、認知症予防を兼ねてリタイア生活へのソフトランディングを図っている現状である。

 

 喉頭マイクロサージャリー・処置用ファイバースコープ

 

 粟田口省吾教授は、臨床においては気管食道科学と頭頸部外科学が専門で、私達が入局した1967年当時は、弘前大学病院の各内科、外科、放射線科、小児科からの気管支鏡検査、食道鏡検査を一手に引き受け、毎週木曜日を直達鏡検査日としていた。

 気管支ファイバースコープ・食道ファイバースコープも機器が開発されると早速導入し、私達もその恩恵を受けて直達鏡検査やファイバースコープ検査は得意な手技となり、出張先病院でも、他科からの依頼で、肺癌等を疑われた患者さんの気管支ファイバースコープ検査や生検を行っていた。

 当時、声帯ポリープや声帯結節の患者さんは、局所麻酔下に間接喉頭鏡とカールライナー喉頭鉗子を用いて、小さな鏡に写った像を見ながら声帯を静止させている合間に手術しており、咽頭反射の強い患者さんの手術は困難であった。

 現在一般に行われている双眼顕微鏡下の喉頭マイクロサージャリーは、1960年代に西独Oskar Kleinsasser1)と慶応大学斎藤成司教授2)3)とがほぼ同時に発表した手術法である。

 私は、1971年9月の第23回日本気管食道科学会に引き続いて行われた気管食道科講習会に参加し、斎藤成司教授の講義を受講した後、全身麻酔下喉頭マイクロサージャリーのデモンストレーションを見学し、モニター画面に映し出された鮮明な喉頭内手術映像に感動し、帰弘後に教室の勉強会にて報告した。

 その後、粟田口教授の許可を得て慶応大学式手術器具を購入し、1972年5月から弘前大学病院において喉頭マイクロサージャリー手術を開始した。

 東北地区で初めての導入で、1974年6月の日耳鼻青森県地方部会、1975年9月の日耳鼻東北連合学会等で報告し、1972年5月から1982年10月までの10年6ヵ月間に手術した160例(一部、私が出張病院にて手術した例を含む)の手術成績については、1983年の青森県医師会報4)に、話題の医学 嗄声の治療 というタイトルで掲載した。

 表1はその治療成績を示したもので、年齢は9~72歳(平均44.5歳)、性別は、男性89例、女性71例であった。

 表2は、各疾患別、術前術後の発声持続時間、呼気乱費係数、およびPQ(phonation quotient)の測定値、表右は、同じく嗄声の強さの変化を示したものである。

 東北連合学会で報告した際、共同演者の粟田口教授から、外来で局所麻酔下に手術可能な声帯ポリープ等を、すべて入院させて全身麻酔下に実施するのは問題であるという追加発言を頂いた。

 現在の趨勢である日帰り手術拡大や、入院期間短縮による医療資源有効活用を先取りした意見で、私の開業に際し、繁用の診断用咽喉頭ファイバースコープと一緒に、使用頻度の少ない処置用ファイバースコープを購入したのは、当時の指摘が念頭にあったからでもある。

 処置用ファイバースコープは、当初予定した声帯ポリープ手術よりも、中下咽頭に介在した魚骨異物の摘出に威力を発揮し、手技の詳細について、1997年9月の北東北3県合同地方部会、1999年7月の東北地区連合学会、2000年5月の日本耳鼻咽喉科学会総会等にビデオ演題として出題し、JOHNS誌や弘前市医師会報にも掲載した5)6)

 現在、処置用ファイバースコープと魚骨異物とを入力してNET検索すると、多くの耳鼻咽喉科医院ホームページに処置用ファイバースコープ保有が記載され、間接喉頭鉗子を使用しての摘出が難しい魚骨異物も、大病院に紹介しないで自院で摘出可能とPRしており、費用対効果を別にすれば、その有用性は十分に認識されているようである。

 私は、少数例であるが、当初の目的であった声帯ポリープ摘出にも使用した(図1 左から摘出前、鰐口鉗子で把持、摘出後)。

 現在、京都大学では、局所麻酔下に、助手が吸引チャンネル付きの内視鏡(処置用ファイバースコープ)を経鼻的に挿入して吸引しながら手術野を確保し、術者は、映し出されたモニターを見ながら、専用に開発した鉗子、メス、注射針等を操作して手術を施行し、咽頭反射の強い例や病変が大きな例、乳幼児例などを除けば、喉頭マイクロサージャリーに見劣りしない手術操作が可能であると報告している7)

 

 音声外科

 

 喉頭マイクロサージャリーの目的は、声帯結節、声帯ポリープ、ポリープ様声帯などによる嗄声の改善を図る音声外科と、喉頭・下咽頭の悪性腫瘍を中心とした病変の精査、治療とに大別されるが、音声外科としては、その後、両側声帯萎縮(声帯溝症)や片側反回神経麻痺に対する声帯内シリコン注入術、甲状軟骨形成術Ⅰ型、披裂軟骨内転術等を行った。

 図2は、1979年7月、数年前からの嗄声を訴えて受診した23歳男性の両側声帯萎縮例の手術所見を示したもので、初回手術は、麻酔科に依頼した無挿管NLA麻酔下に、両側声帯外側に液状シリコンを注入した。しかし、一時嗄声の改善を認めたものの短期間で再発し、本人の嗄声改善に対する強い希望もあって、局所麻酔下に甲状軟骨形成術Ⅰ型を施行した。

 甲状軟骨形成術Ⅰ型は、1974年に京都大学一色信彦教授8)が報告した手術法である。

 図左上は、初回手術前の発声時喉頭所見で、紡錘状の声門間隙が認められる。図右上は右側甲状軟骨板に作成した矩形の窓に、軟骨様シリコンブロックの楔を挿入して固定した所見、図左下は術後の吸気時、右下が発声時の喉頭所見で、声門間隙の縮小が認められ、嗄声は改善し、音声持続時間は、術前の7秒から術後12秒に延長した。

 本例のような若年者の声帯萎縮例は稀であるが、近年、高齢者には増加傾向が認められ、移転開業後に受診した患者さんには、NETを検索して、国立病院機構東京医療センターのホームページから、感覚器センター人工臓器機器開発部 角田晃一部長掲載の動画 1.声帯萎縮 2.声帯萎縮の簡単チェック 3.声帯萎縮の改善対策 4.誤嚥を防ぐ飲み込みの習慣―あご引き飲み込みー 5.声帯を大切にするために、などを視聴してもらっていた。

 一色教授9)は、広い声門間隙と声帯のレベル差を認めた反回神経麻痺には、甲状軟骨形成術Ⅰ型と披裂軟骨内転術の併合手術を推奨している。

 図3は、1983年2月に甲状腺癌の手術を受けた後、右反回神経麻痺を来して強い気息声となり、同年8月に受診した41歳男性を経過観察し、改善がみられないため、1984年4月に甲状軟骨形成術Ⅰ型と披裂軟骨内転術との併合手術を施行した際の所見を示したものである。

 図左上は術前吸気時、左下は発声時の喉頭所見、中上は披裂軟骨同定、中下は披裂軟骨をナイロン糸で甲状軟骨板に牽引固定した手術所見、右上は術前、右下は術後の喉頭断層X線写真を示したもので、術前に認めた声帯レベル差は縮小し、術前の強い気息性音声は、術後に響きのある音声となり、音声持続時間は9秒に延長した。

 

 おわりに

 

 南塘だより、第98号で、高畑淳子講師が耳鼻咽喉科を紹介している。

現在、松原篤教授以下18名が、熱心に多くの新しい医療を導入して活気あふれる教室の現況が記載され、リタイアした身ではあるが、出身教室の発展を心から喜んでいる。

 高畑先生の記事に、私が在籍時に熱心に取り組んでいた甲状軟骨形成術、誤嚥防止手術等の記載もある。

 私が行っていた音声外科は、開発されて間もなくのフレッシュな手術手技で、喉頭マイクロサージャリーは講習会を受講後に開始した。対象となる症例数は多く、普及も速やかで、手術手技も後輩に十分継承された。

 一色法も、開発されて数年後の導入であったが、講習会開始前の導入で、症例数は少なく、私は、病理学教室に依頼して入手した喉頭標本を使って手技を予行し、実施した。

 教室での甲状軟骨形成術再開のニュースを拝見し、現在は、手術手技、手術材料共に大きく進歩しているので、温故知新として参考にして頂ければ幸いである。

 

 

 参考文献

 

1) )Kleinsasser O : Mikrochirurgie im Kehlkopf. Arch Ohren Nasen Kehlkopfheilkunde 183:428-433 1964

2)斎藤成司 他:喉頭内視鏡下のMicrosurgery. 気食17:253-266 1966.

3) 斎藤成司 他:Laryngomicrosurgeryに於ける鉗子の工夫. 気食 23:199-200 1972

4)齋藤久樹:嗄声の治療. 青森県医師会報 260:192-193 1983

5)齋藤久樹:処置用ファイバースコープと魚骨異物:JOHNS 21(2):252-254 2005

6)処置用ファイバースコープを用いた咽頭異物摘出術―26年間の統計と要点―:弘前市医師会報 378: 65-68 2018

7)児嶋久剛:外来でも出来る手術―喉頭ポリープ、喉頭嚢胞―:日耳鼻 102:1208-1211 1999

8)N.isshiki et. al : Thyroplasty as a new phonosurgical technique. Acta Otolaryngol 78:451-457 1974

9) N.isshiki et. al: Thyroplasty type Ⅰ(lateral compression) for dysphonia due to vocal cord paralysis or atrophy. Acta Otolaryngol 80:465-473 1975

10)日本音声医学会編:声の検査法、医歯薬出版 1979

11)音声治療学:音声障害の診断と治療 小池靖夫編 金原出版 1999